2011年08月31日

音でストリームを

舞台の出来/不出来。
即興の功罪がある。
焦点を意識的に絞る必要がある。

テキスト用意してその「言い方」のバリエーションだけを勝負処とする…。
あるいはBGMを用意してそれに乗せていくことを課題とする…。

とか。
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2010年01月03日

なんなんだ

前のデザインの表示があちこちこけているので、一新してみたが。
なんでこうどのデザインも文字が小さく、かつ行間が詰まってるのかね。
あたしにはちょー読みにくいのだが。
結局スタイルシートをいじらなくてはならない。面倒くさい。
もっとまっとうなお仕着せデザイン作りやがれ。

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2009年12月31日

WLWでブログに投稿してみる

けっこういいよね。Googleもこのくらい作ってほしいな。
書きなおして投稿しても二重にならない。
ふーん。えらいぞ。
ただ、何故か下↓に空白が。なんかタグが変なのか?

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2009年10月22日

あれ?

seesaaからtwitterへの連携如何に?
posted by doino at 02:27| 埼玉 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | その他 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

seesaaからtwitterに。

seesaaからtwitterに連携してみる。どうなんの?
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2008年08月17日

伊豆に行ってきた

遊びならいいんだけどね。拠点引っ越し先物件の探索だったんだが,これといっていい物件は見つけられなかったなぁ。
主に別荘地を巡ってみた。
伊豆の別荘はやっぱ山だからなんだろうか,なにせ密集度がはんぱじゃない。たしかに古くなって誰も住んでない物件もあるけど,そういう場合でも近くにはちゃんとした家もある。この「近く」というのは「軒を接する」というのがおおげさでないほどすぐお隣。軽井沢はもっとゆったりしてるようにも思うが…。
仮に条件を満たす物件がみつかったとしても騒音問題でぜったいにトラブルになる。これじゃだめ。
生きている物件の一軒一軒はわりにどれも立派で,多くは手入れとかもちゃんとしている。夏と冬だけ来てるんじゃなくて週末毎に来る,もしくはリタイアして常時住んでるってことだよね。数百,もしかしたら数千軒という規模の広大な別荘分譲地群とそこにすまわる大金持ち,小金持ちの人々。なんかなー,極度につまんねえ。
役所に相談を持ちかけてみた感触も,放置空家とかで困ってない感じ。車で田舎道を走っても,あんまり空家とかを発見できない。まだまだ余裕がある。
そんなわけで伊豆ではあまり成果無し。手応えがあれば二泊するつもりで出かけたが,一泊二日で帰ってきちゃった。
posted by doino at 04:56| 埼玉 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | その他 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年07月09日

Simpsonize Me

ふふーん。
simpsonized_doino.jpg
似てますでしょうか。
http://simpsonizeme.com/#
これでチラシ作れるかな。…
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2008年01月19日

コピー用再生紙偽装だってさ

アホだ,アホ。
前にいた印刷屋では役所関連の仕事は必ず再生紙を使ってた。もちろんこの「再生紙」も偽装されていたと思われる。けど,それでもなお「再生紙」なるものは紙粉が多く含まれていて,コピー機(オンデマンド印刷機)をひどく傷めてしまう。
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posted by doino at 18:55| 埼玉 ☁| Comment(1) | TrackBack(0) | その他 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年12月22日

暗い快楽

他人とうまくやってけない人はそのことの正当性を周囲に承認して欲しがる。それを聞くのが苦痛。
他人への悪口や憎悪をヒートアップしていく人,ウマがあわない人を挑発して関係をさらに悪化させていく人を見ていると,「淫している」という言葉がぴったりくる。
やめられないんだ,人を見下したり軽蔑したり傷つけ汚すことを。その快楽に溺れていくんだ。
タグ:ネタ
posted by doino at 14:18| 埼玉 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | その他 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年12月17日

笑えピストル

1984年ごろ、ジョージ・オーウェルの近未来小説「1984年」が話題になったその流れで、「その続編でありそのパロディ」というふれこみだったジェルジ・ダロスの「1985年」という小説を読んだ。そこに「笑えピストル」という武器が登場する。
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タグ:ネタ CM
posted by doino at 22:04| 埼玉 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | その他 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年12月12日

思案

単発公演だと「ちょちょっとできるものを」とか,これまでは考えがちだった。やってるときはそれはそれで楽しんでいるわけだが,どうも終わった後の気分がすぐれない,半端をしたかなーというイヤな感じがぬぐえないことも少なくなかった。
今回は自分にプレッシャーをかけて,「本格派」でいく!と力みかえってがんばった。がんばったからあの程度にはなったと自画自賛…というよりむしろほっとしているのは事実だが,反面,それでもなお限界があるなぁとは感じる。
具体的に思うのはたとえば,この芝居を長期にわたって旅公演に持っていくのはちょっと辛いなぁと思う。何かが不十分だ。何かがやりきれてない。芝居ってのはお客さんと対面してはじめてわかることも多いから,芝居を作るってのはどこまでも本番の時間をむかえるためのための準備なんだと思う。(ん?あたりまえか。)要するに何かがまだ準備不足だと。
まぁ,いつだってどこまでいっても現状報告,試案にしかすぎないとはいえ,それでもこの旅までの時間と不充足感を思うに,あと一歩,さらに半歩という風にならざるをえないわけだなぁ。これもまたひとつの病気かもしれないが。
何が準備不足か,これから考える。そう,まず何より「考える」ことが不足してるんじゃ!
posted by doino at 23:13| 埼玉 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | その他 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年12月08日

何をしているのだろう?

何をしているのだろう?
要するにこの対話はポップアートなの?と疑問がよぎる。
いや。そうじゃない。それはひとつのフレームであって,フレームからはみだす身体こそが目玉(主題?)のはず。フレームを単純にすることでそこからこぼれ落ちるものもはっきりする,ということだった。
それはそれとして成功しているのではないだろうか?
だが,成功していてもなお,なにかが食い足りない。一人台詞の群はもっと先に行っている。対話が「追いついていない」とも思え,うーん,まだまだ,ということか。
高校生たちにはそれなりに楽しんでもらえたかな。
さて,楽日だ。
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2007年07月07日

フレーム --松本のためにその3

世界は「日本の夏」。60年代くらいをイメージしてみる。「ささらほうさら」とか「パララン」とか夏にまつわる演しものに反応するので個人(史)的に(?)なんかあるのかもしらん。夏には敗戦の記憶ってのもあるけど,こっちはあんまり焦点化するつもりなし。あ,でも室内(しかも冬)だから蝉の音とかかき氷(のれん)とかはいいかも。
趣向は犬殺しの犯人捜し。犬だけが外部のもの。人のおもさ人形に似た位置づけ。犬のおもさ人形って,ただの犬の人形じゃんっ(苦笑)。デザインは「もしもし」の車に轢かれた犬がいいなぁ。もすこしでかくておもさのあるの。
…いいかげんだが,でもとりあえずここらは決めた。
で,犯人捜しの決着とかつけなくちゃいけないのかなぁ。こういうのが面倒なんだよー。言い訳考えるみたいでさー。
これまでは延々,たとえ観る者にわからなくとも内部的には物語構造を軸にしてきた。物語を芯に芝居の練り物を巻いてふかしたりして,最後に芯を抜く,「ちくわ方式」(にやり)。だったのだが,そこんところをどうするか…。構成者としてはそれが一番の悩みどころ。

まだまだ時間があると思ってるとまずい。
なにせ単発公演は合宿をひかないから。
タグ:ネタ ゴドー
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2007年06月18日

コルテス --松本のためにその2

前回の芝居から自分のなかでは懸案事項となっているコルテス「綿畑の孤独のなかで」(コルテス戯曲選)。
次の芝居の軸の一つにならないか、という期待を込めて何度か読み返してきたのだったが、「男 対 男」の前提、基盤を無視するのは困難と思えてきた。「芝居の背筋」とするのは難しいか?
強度を持ったテキストだけど,台詞の行間からにおってくる台詞の主体,人物の具象性を捨象してはこのテキストのオモシロサをなくしそう。
女性が前近代をも含み込んだ存在(豊かさ)であるのに対して男性は近代の観念(貧しさ)を指示する,というそれ自身近-現代劇の常識の内部にある,と言えなくもないか。このへん,演劇という枠組みではほとんど参照できるものは無い。性や子産み,母つったって,近代と無縁にあったわけじゃないのに,なんかロマンとしての女性性みたいのは温存・保留されてる場合がほとんど。(詩の領域ではもすこし参照できるものもある。)
男優二人の台詞としては使えるかも。
posted by doino at 01:10| 埼玉 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | その他 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年06月13日

「出入自由」な感覚を打破する --松本のためにその1

旬ちゃんによる下見報告
行ってみたことで少しイメージがわいてきた。
所謂教室みたいなところでやれって言われたらどうしよう,お客さんを10人くらいづつの小分けにしてもらって極小スペースで何ステージもやるとか…というのも考えていたんだけど,おあつらえ向きの「ホール」(という名の中心的たまり場)があってそこでやるのが現実的。できるだけテントに近い形で,ということになりそう。天幕もつけよーか,どうしようか。
けっこう小綺麗な建物,スペースなので葦簀(よしずと読むのだよ)とかブルーシート,トタンなんかを持ち込めば異物として立ち上げられるだろう。

この公演は自由参加の「芸術鑑賞会」だ。生徒さんはもちろん観劇無料となる。
この場合,まずは「出入自由」な感覚を打破することがすべての出発点,前提だ。
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posted by doino at 01:56| 埼玉 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | その他 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年10月08日

たとえば床,明かり

大阪の楽市楽座のテント芝居で地面に布を張っていたのを覚えている。紅白幕みたいのだったかな,かわいかった。地面におしゃれをするのは気が利いている。
しかしその時のテントは高架下に建っていて,あまり雨におびやかされない環境だからこそ地面の布も可能だったと思う。旅でしっかり降り込められたらとてもじゃないがやりきれない。泥と一体化した多量の布を運搬することを考えただけでもぞっとする。まして洗濯なんて,ねえ。
いいかげん,平台はやめたい。これを使っている限り,小劇場の臭いを消せない。
厚めの木の板。
あまり立ち上げない。地面に「置いてある」だけ(のイメージ)。外の地面と連続しているようにも,切断されているようにも見える,というところもポイント。
凸凹でもいいととりあえず考える。
長いこと陽にさらされて白っぽくなった材木。
元は立派な(高価な)材料だが,管理が悪く傷んでしまった物を安く手に入れた,みたいな。そして実際そういう理由で安く手に入れたい。
凸凹でも役者はなんとかするだろう。前日とか昼間とかに立って動いてみれば。ただ,道具系では困ることも出てくるかもしれない。
実は森田裕子さんの『内側の時間』の中に出てくる「アナログ機械」みたいのをやりたくて(上の方に氷があってそれをローソクで溶かして水になり,流れてきたちょびっとの水を動力に変えて進行する車…とか),そういうのが凸凹の床はすんごく不得意そう。といってきっちりした平面でしか動かない何かなんてそれこそ劇場…美術館的発想だし。車系ではないけど,かつて「時々自動」がゼリーだかを大量にその場で自動製造する「機械」を作っていたっけ。できたものを食することができる,お客にもふるまえる,というのは魅力がある。
照明は薄暗く。単に光量を落とすだけだから簡単そうだけど,漫然と取り組むとやっているほうがストレスになって結局明るくしたくなっちゃう。のでぼくらには案外,(モチベーションの面で?)難しい。
光と影が強く出るのとは違う。薄暗い,鈍い照明,というでのはちょっと言葉足らずだ。も少し言葉を集めないと。
タグ:劇空間
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2006年05月08日

たとえば受付

小劇場風,キレイどころのおねいさんがやってるのはなんかばかげてる。
テント劇場風,「それでは!これより開場いたしますっ! 整理券の番号順にっ…」つーガソリンスタンドまがいのは論外。超かっこわるい。
場末のポルノ映画館みたいなのがいい。パチンコの景品交換所も似てる。
とてもクローズド。受付係の顔は見えない。小窓があってそこでお金とチケットの受け渡しをする。「大人一枚」「にせんえん」ぐらいの会話で。整理券は出さない。
「いらっしゃいませ」とかまちがっても言わない。「愛想悪く」ではなく,「特に愛想良くなく」。
劇場に入ると受付係の後ろ姿は丸見え,というのもいい。受付係は暇なときは漫画を読んでるかな。ビール売るのとかは劇場内で特に愛想良くなくするのがいい。
全部旅メンバーでまかなう。
芝居が始まる前にブースごと片づけてしまう。または受付ブースは舞台上にあるとかそのままオペブースになるというのも悪くない。
受付といえば…,構想してるのとはちょっと違うが「KINCHO CM劇場」はなかなかに面白い。
posted by doino at 04:24| 埼玉 🌁| Comment(0) | TrackBack(0) | その他 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年12月21日

ひと夏の経験

虎の穴ご存知山口百恵だが,気になって調べたら誰あろう「Go!Go!7188」がカバー(→)していた。
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2005年11月19日

アニッシュ・カプーア

昨日はブラブラ散歩の日。
谷中にあるSCAI THE BATHHOUSEという元・銭湯を改造したギャラリーでアニッシュ・カプーア「JAPANESE MIRRORS」展を見る。
有名な人なの? 見たのは偶然だったんだけど,面白かった。≫続きを読む
posted by doino at 15:00| 埼玉 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | その他 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年11月10日

旅を長期化したいー。

というか,イメージはエンドレス。イメージは「暮らす」。
サーカスがたとえば一年かけて演しものを仕込み,数年かけて各地を巡る…というような。飽きたら…というかもう芝居が動かなくなったら旅は終了…。夢のまた夢か?≫続きを読む
タグ: ネタ
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2005年10月05日

タンスにゴン 最後の沢口靖子

タンスにゴンゴン
from KINCHO

(勝手に拾ってきちゃまずかったかなぁ。)

「どう思う?編」はこのページで初めて知った。
TV見てこれはイケると思ったのは「26歳編」。
タンスにゴンのCM契約終わってん。
いつまでもアホなことばかりやってられへんやろ。
私も今年26やで。
誰が26やねん。
いつか必ず使ったろー。
タグ:CM ネタ
posted by doino at 01:20| 埼玉 ☁| Comment(2) | TrackBack(0) | その他 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年10月02日

ペッパー警部

宮崎の小野さんがブログ(ここ)のなかでふれている見沢知廉の「天皇ごっこ」を読んでいたら,三里塚闘争で機動隊の無線に対して妨害電波を出して抵抗したという話がでてきた。
で,この妨害電波というのが,無意味なノイズが入るのではなく別の音声が入るというものらしく,そこで使われていたのが当時流行っていたピンクレディーの「ペッパー警部」だったという。
ペッパー警部 邪魔をしないで
ペッパー警部 私たちこれからいいところ
(爆)。というわけでなかなかナイスな選曲だったと。
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posted by doino at 20:28| 埼玉 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | その他 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年09月20日

物語のあとさき(その1)…バックダンサーズ

今回,予想以上に刺激的だったのは,「バックダンサーズ」。

近江さんの感想にある,「グルーブを生み出しているのは、むしろ舞台に上がっていない時の役者、もしくはメインの役者の背景で群舞に加わっている、または舞台の背景を歩き回っている役者の体内にあるリズムや表現に対する統一された意思…」という感想はけっして今まで聞かれなかったものだと。

今まで,会話のシーンを作るには,実りの少ない即興稽古を積み重ねるか,作者がガーッと書き下ろすしかなかった。
ひとつひとつのシーンのコアな部分は役者個々の技芸でありながら,それを集団化する方法の端緒についたことのぼくらにとってのイギは大きい。
この方法を通して,いわゆるテキストの物語とは違う,別の物語が立ち現れてくるのではないか…つーか,現われつつあるのでないかと思わせられた。

考えてみると,この方法は「どくんご体操」と言ってきたエチュード(?)の応用形だよね。
いずれにしてもバックダンサーズはあくまでもバックダンサーズで,つまりメインがイイから生きてくる。あたりまえか。
メインあってのバックダンサーズだけど,いったんできあがったらメインなくても成立しちゃうかも。ここに今後は注目。あと,言葉というか声を絡めていくことも一応構想。

それに,ぼくらの専売特許である必要はないわけだから。真似する人がいたらオモシロイ。
posted by doino at 17:37| 埼玉 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | その他 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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