2005年11月20日

夷狄を待ちながら/クッツェー

夷狄を待ちながら夷狄(「いてき」と読むのだよ)を待ちながら/クッツェー
「Waiting for the Barbarians」と原題にあるから,訳者が意図的に「ゴドーを待ちながら」にかけたわけではなく,作者自身がそうだったのかも。
この作者はこのほかに「敵あるいはフォー」「恥辱」を読んだ。
クッツェーって,何がどう面白いって言えない。全然エンタメじゃない…大江健三郎ほどにも…から,誰にもおすすめできるって代物じゃない。進みがのろくって苛々しながら,でもなんか気になる。
迷宮っぽいところはカフカにも似てなくはないが,クッツェーは戯画的ではなく,心理的,内向的,告白っぽいところもある。(「恥辱」はこの告白っぽいところが強く出ていてわたしには合わなかった。)
真綿で首を…じゃないけど,つかみどころがないものにじわじわと浸食されてくる。
posted by doino at 02:07| 埼玉 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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