2005年11月05日

ブルック再読

ブルック『なにもない空間』

学生時代に読んだきり,うちの背表紙界の一員にすぎなかったが,ふとタイトルが目にとまり(ってずっと見てたろ),再読中。1968年に書かれ1971年に翻訳初版の本だが,なかなかどうして,次のような文言に会うと,どきどきしてくる。
たとえば、舞台は舞台である、という前提を立てる。すなわち、舞台とは小説の舞台化、詩や物語や講演の舞台化のための便宜的な場ではないという前提から出発する。そうすれば、この舞台の上で話される言葉は、その言葉が一定の条件のもとで舞台上にいかなる緊張を作り出すかによって、またそれによってのみ、実在もするし消えうせもすることになる。
あるいは
安定して調和のとれた社会なら,その調和を演劇の中に反映させ再認識するための方法を探しさせすればいいわけかもしれない。そういう演劇なら,俳優たちと観客を,互いに呼びかわす<肯定(イエス)>のうちに統一することをめざせばよかろう。だが,混沌のうちに変わりゆく世界にとっては,偽物くさい<肯定(イエス)>をさしだす劇場と,強烈な挑戦によって観客をきれぎれの,しかし生き生きとした<否定(ノー)>へと粉砕する劇場と−−この二つに一つを選びとる道しか残されていないのだ。
かつてはあまりにアタリマエに,そしていくらか意味が広すぎると思えたこんな言葉を新鮮に感じ,背筋が伸び,勇気づけられるように感じる自分。逆にいまの演劇をとりまく状況の歪小さを思い知らされもする。
このころからモンダイは全然変わっちゃいないんだよ!と。答え方は違って当然だけど,これは出発でありいわば「志」。

読んだことのない『秘密は何もない』(これもタイトルがええねー)も注文しちゃったー
ラベル:ブルック ネタ
posted by doino at 18:59| 埼玉 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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