2007年06月18日

コルテス --松本のためにその2

前回の芝居から自分のなかでは懸案事項となっているコルテス「綿畑の孤独のなかで」(コルテス戯曲選)。
次の芝居の軸の一つにならないか、という期待を込めて何度か読み返してきたのだったが、「男 対 男」の前提、基盤を無視するのは困難と思えてきた。「芝居の背筋」とするのは難しいか?
強度を持ったテキストだけど,台詞の行間からにおってくる台詞の主体,人物の具象性を捨象してはこのテキストのオモシロサをなくしそう。
女性が前近代をも含み込んだ存在(豊かさ)であるのに対して男性は近代の観念(貧しさ)を指示する,というそれ自身近-現代劇の常識の内部にある,と言えなくもないか。このへん,演劇という枠組みではほとんど参照できるものは無い。性や子産み,母つったって,近代と無縁にあったわけじゃないのに,なんかロマンとしての女性性みたいのは温存・保留されてる場合がほとんど。(詩の領域ではもすこし参照できるものもある。)
男優二人の台詞としては使えるかも。
posted by doino at 01:10| 埼玉 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | その他 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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