2006年10月08日

たとえば床,明かり

大阪の楽市楽座のテント芝居で地面に布を張っていたのを覚えている。紅白幕みたいのだったかな,かわいかった。地面におしゃれをするのは気が利いている。
しかしその時のテントは高架下に建っていて,あまり雨におびやかされない環境だからこそ地面の布も可能だったと思う。旅でしっかり降り込められたらとてもじゃないがやりきれない。泥と一体化した多量の布を運搬することを考えただけでもぞっとする。まして洗濯なんて,ねえ。
いいかげん,平台はやめたい。これを使っている限り,小劇場の臭いを消せない。
厚めの木の板。
あまり立ち上げない。地面に「置いてある」だけ(のイメージ)。外の地面と連続しているようにも,切断されているようにも見える,というところもポイント。
凸凹でもいいととりあえず考える。
長いこと陽にさらされて白っぽくなった材木。
元は立派な(高価な)材料だが,管理が悪く傷んでしまった物を安く手に入れた,みたいな。そして実際そういう理由で安く手に入れたい。
凸凹でも役者はなんとかするだろう。前日とか昼間とかに立って動いてみれば。ただ,道具系では困ることも出てくるかもしれない。
実は森田裕子さんの『内側の時間』の中に出てくる「アナログ機械」みたいのをやりたくて(上の方に氷があってそれをローソクで溶かして水になり,流れてきたちょびっとの水を動力に変えて進行する車…とか),そういうのが凸凹の床はすんごく不得意そう。といってきっちりした平面でしか動かない何かなんてそれこそ劇場…美術館的発想だし。車系ではないけど,かつて「時々自動」がゼリーだかを大量にその場で自動製造する「機械」を作っていたっけ。できたものを食することができる,お客にもふるまえる,というのは魅力がある。
照明は薄暗く。単に光量を落とすだけだから簡単そうだけど,漫然と取り組むとやっているほうがストレスになって結局明るくしたくなっちゃう。のでぼくらには案外,(モチベーションの面で?)難しい。
光と影が強く出るのとは違う。薄暗い,鈍い照明,というでのはちょっと言葉足らずだ。も少し言葉を集めないと。
ラベル:劇空間
posted by doino at 22:53| 埼玉 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | その他 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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