2006/09/03(7)23:13 | 観劇

イキウメ「PLAYeR」

うーん,どーなんでしょー。困ったなぁ。
前回見たのは「散歩する侵略者」。これはけっこう感動した。漫画チックなSF設定はいわば仕掛けであり,そこで主題化され焦点化されているのは人の痛み,だったと思う。
だけど今回の「PLAYeR」は肝心のその点が曖昧になっていて,結果として人間に対する視線に粗雑なものを感じてしまう。
八雲役だけが本質的に外部の人間である以上,彼こそがその軸を形成しなければならない。しかし物語は必ずしもそこにポイントがあたらない。彼だけが,問題は「世界」や「真実」ではなくてわたしの痛みなのだと,そこそこは主張してくれるのだが,…とても不十分,だと思う。
逆に言えば,八雲以外の彼ら=「輪」の持っている(「輪」に属さない者に対する)残虐性が際だつべきなのにそうなってない。
作者はこの素材を組み伏せられずに,逆に飲まれているんじゃないかと少し心配になった。
だってね,「精神性」の話だけをするのなら演劇なんて身体をともなった手段はすごく不得意だ。演劇でやれるのは生身との関わりにおける「精神性」世界でしょ。実際この芝居もそんな仕組になってる。にもかかわらず,そここそが不十分…。
≫余計なことをふたつ。
| 埼玉 ☁

2006/09/10(7)16:22 | 映画&ドラマ

ゲド戦記

ネットで散見する評判がかなり悪いのでちょー期待せずに…というよりもやや「イヤイヤながら」…行ったせいか,それなりには楽しめた。
「ハウル」が(映画として以前に)その戦争の描き方が本質的に許せない!という思いもあった。ゲドにはそういう勘に障る部分はなかった。それだけでも相当によかった。
わたし的にはかろうじて「次のジブリ」に繋がった感じ。
≫続きは文句ばっかで申し訳ない
| 埼玉 🌁

2006/09/14(4)22:45 | 日々のこと

ばたんきゅー

ANDを見に行ったよん。感想を書きたいが,ちとお疲れ。また明日…か明後日。
| 埼玉 ☔

2006/09/16(6)15:01 | 観劇

AND「東京OZ月光」

みちこりんが感想を書いている。
今回,「わたしはすでにANDのファンである」ことを自覚した。はじめて「ついていきたい」感情を知った。そしてファンは自分がなぜファンなのかを対象化することが難しい。

ANDの魅力の中心…「それは純粋さ」(みちこりん)。その通りだと思う。
昔の長田弘の詩に「われら純潔な旅人」というのがあったなぁ。そんな感じ。
くっさい台詞も性的描写も,照れやケレンを感じさせないためにまっすぐ突き抜けてくる。
この「なにも押しつけない。同意も求めない」猫のような純潔さがある限りわたしはANDのファンであり続けると思う。
自分たちがこうした純潔さを持てているのかどうか,全然わからない。が,そうありたいと願う。
≫続きを読む
| 埼玉 ☀

2006/09/18(1)17:12 |

いしいしんじ『プラネタリウムのふたご』

プラネタリウムのふたご物語の作り手としては上手い。
物語の中,大きな事件は起こっているのに,(わたしには)なにかがかったるい。なにかが退屈。鎮守の森みたいのが破壊されるとかっていう社会的危機もあるのだが,ナントナク回避されていく。末梢神経的に迫り上げるということをたぶん意識的に避けているんだろうと思う。
痛みがぼやけていて,宇宙の時間を俯瞰したノンビリ感が立つ。
これは好き嫌いの問題だけど,わたしとしては鋭い痛みを持ったものの方が。…これは実存主義の弊害かな。≫次の版で直して欲しい
| 埼玉 ☔

2006/09/26(2)22:43 |

いしいしんじ『ぶらんこ乗り』

ぶらんこ乗りこれはよかった手(チョキ)
甘いといえば甘いし,ちょっと盛り込み過ぎなのが気になるけど,それでも子供の抱えている孤独や恐怖がよく書けていると思う。このあたりのセンスが「プラネタリウムのふたご」では見えなくなってる。それはなぜ?
動物をめぐるエピソードはなかなか興味深いっす。ペットとしての動物でなくて,異生物としての理解不能な感じが出てて。
せっかくなので「麦踏みクーツェ」も読むか。
ブログも有名らしいが怖くて見てない。
| 埼玉 ☔