2018年12月10日

テキスト

自分用のテキストについて考えなければ。
テキストのストックはかなり古いものしかないんだ。岩田宏かなぁ。
閉塞する五つの唄、たとえば
夢が
役に立たないと
そう分ったので安心して
眠った
というフレーズ。
古臭い? そうかもしれない。それは私が古臭い、ということなんだろう。
だがそれってどういう意味なのか
posted by doino at 18:21| Comment(0) | 注釈 | 更新情報をチェックする

2018年12月03日

バンジョー届いた

Deering社のテナーバンジョー。新品。
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大きな楽器の買い物は、ここに引っ越してくる一二年前に中古のギブソンギターを買って以来。新品の、ということになったらもう、いつ以来かわからない。
ちょっと弾いてみただけだけど、めちゃめちゃ鳴る。いままでのは何だった?くらいな。
ラベル:音楽
posted by doino at 23:23| Comment(0) | 日々のこと | 更新情報をチェックする

2018年12月02日

今日したこと/Y登場

来期参加のY登場。稽古をひとつ披露してくれた。
さすがの経験者。基本水準が高い。
感想会では、いろいろよくない点を本人は上げていたが、なんの、ここ数年では出色の初発稽古だっただろう。
ラストソングの練習もした。ウクレレをYが弾く方向。
というわけで、かなりみのり豊か。
夕食後は4人で「数に溺れて」をビデオ鑑賞。
ラベル:映画 合奏 ネタ
posted by doino at 23:19| Comment(0) | 日々のこと | 更新情報をチェックする

2018年12月01日

今日したこと

予備単管の最終的不可逆的置き場を作る。
ヤフオクで落とした照明機材を試す。
新軽自動車の希望ナンバーを業者に伝える。
知り合いRの人たちが訪ねてきたのでお話する。どうでもいい、まじでどうでもいい。
雑談、というのがどうも苦手なんだよなぁ。
posted by doino at 19:53| Comment(0) | 日々のこと | 更新情報をチェックする

2018年11月30日

毎日書くぞ

一行でもいいから、毎日書くぞー。
posted by doino at 22:27| Comment(0) | その他 | 更新情報をチェックする

今日の覚書

  • プール(池)は次回も引き続き使う。決定。2018よりも多用し、芝居全体のイメージへの力を増したい。散文的な使い方も稽古場で試してみたい。2018よりも広く作ることもありえる。
  • ラストの歌はPUFFYの「MOTHER」でほぼ決定。(ただラストソングというのは、芝居全体の作り出す世界への反歌みたいな位置づけになることも少なくない)
  • プール=水の使い方で参照しているのは、映画・ピーター・グリーナウェイ『数に溺れて』。
  • 『数に溺れて』では、水と死(水死体)が不可分にイメージされてる。これは2018では使えなかった側面なので2019では(全体ではないにせよ)どこかのシーンでは取り入れたい。
  • Uの衣裳は前回(2017)時とほぼ同様の予定。本人の了解取ってないので、まだ動く可能性がある。
  • 新人のYの衣裳、リボンの騎士。芝居中ずっとこの衣装かどうかは不明だが、少なくとも一回はこの衣裳を着てもらうつもり(^_^;)
  • 音 このところよく使っているBalmorhea(バルモレイ)。次回も引き続き使う、使わざるを得ないと思われる。
  • 音 その他定番的によく使っているのはナイマン(グリーナウェイでよく音楽担当している)、パスカル・コメラード
ラベル:ネタ 映画 音楽
posted by doino at 22:07| Comment(0) | 2019覚書 | 更新情報をチェックする

今日したこと

熊本に行った。
旅ではなく、ここにいるときに使う軽自動車がもうたいがいガタがきていて、中古車を選定してその現車を見に行ってきた。
まずまず文句なく、契約した。車両価格20万、その他経費と車検入れて30万円。
熊本往復でけっこう疲れたけど、大きな仕事のひとつに目途が付いた。
10日後には納車される。ふうう。

中古車の振込、あと10年ぶりくらいに楽器を買ったのでその振込を完了する。
posted by doino at 21:58| Comment(0) | 日々のこと | 更新情報をチェックする

2018年11月26日

フィールド

一所懸命という言葉があるが、自らのフィールドを見つけるということは重要なことだ。
この場所が駄目なら別の場所に行けばいいというのはアルバイター的な姿勢、腰掛けの発送だと思う。
この場所から後ろはない、逃げ場はないところではじめて見えてくるものがある。ある行き詰まりを迎えてずして人は自ら道を切り開くことなどできず、切り開くということこそが人が生きる醍醐味?ではないか。
場所といってもいろいろな水準で考えることができる。日本、街、集落といった文字通りの場所もあるし、たとえば「演劇」というフィールド、「役者」というフィールド、「音楽」というフィールドもあり「ジャズ・ピアノ」というフィールドだってある。
わたしのフィールドは演劇でも演出でもなく、「ど」だと思う。演劇なるものは集団でやるものだから、構成員が劇集団がフィールドとするのは必然性があると思う。バンドマンも「音楽が好きなんじゃなくて、このバンドが好きなんだ」とかいかにもありそうだよね。
でも、案外そうでもなく、ここで行き詰まったらどこか別でやればいいという姿勢に接することも少なくない。不満とか憤りということではないのだが、なにか不思議な気がする。
ラベル:フィールド
posted by doino at 00:41| Comment(0) | 注釈 | 更新情報をチェックする